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ヨ ウ 素(I)

1.ヨウ素の働き
ヨウ素は体内に約20~30mgくらい存在します。
甲状腺ホルモンの成分発育を促進・エネルギー産生を高めるなどの働きをしています。
人間には必須成分で、1日0.014から0.033mgが必要量とされ、体の中のヨウ素の半分が甲状腺に集まっていて、甲状腺ホルモンのチロキシンとトリヨードチロニンを作る材料になります。
これらのホルモンは 交感神経を刺激して 蛋白質や脂質・糖質の代謝を促進します。
2.ヨウ素が不足すると
体がだるい・鈍いなどの症状が現れたり子供では発育が遅くなったりします。
ヨウ素が欠乏すると甲状腺機能低下が起こり、発育障害、小人病、脈拍低下、体のむくみなどが現れます。又、性的興奮減退、不妊、肥満などが起こり髪、皮膚や爪につやがなくなり活力がなくなります。
欠乏症 :甲状腺腫・甲状腺機能低下症

過剰症: 甲状腺腫・甲状腺ホルモンの生成低下症(2mg/日)

推奨量 18~29歳男性150μg 18~29歳女性150μg
上限量 18歳以上3000μg
3.ヨウ素が多く含まれる食品
ヨウ素は昆布、ワカメ、ヒジキ、ノリ、寒天など海藻類に多く含まれますが、アルファルファを原料とするスーパーベジタブルで補給出来ます。

(出典)国際保健医療協力入門(国際協力出版会、1998)p264より
4.各年齢層におけるヨード欠乏症による障害
胎児期:流産、死産、クレチン症
新生児期:新生児甲状腺肥大症、脳機能障害
小児期 :甲状腺肥大症、甲状腺機能低下、学力障害、精神身体発達遅延
成人期 :甲状腺肥大症とその合併症、甲状腺機能低下、精神活動の停滞

われわれ日本人は何気なく塩分を口にしており、島国日本の食卓には海産物が数多く並んでいる。栄養所要量については骨粗鬆症の原因となるカルシウム摂取不足を除けば、ほとんどの日本人の間で不足している栄養素が無いことは非常に幸せなことである。
しかし、世界中の多くの国々においてこの私たちの何気ない塩分・海産物に関する食生活が困難なために本来救えるはずの命を落としている数多くの人々がいる。その代表として挙げられるのがヨード欠乏症である。
5.世界の大きな課題《ヨード欠乏症》
ヨード欠乏症とはその名のごとく、生体内の微量元素であるヨード(ヨウ素)の摂取が不足している状態による全ての影響を意味している。ヨード欠乏症は甲状腺腫、死産、流産、新生児と思春期の甲状腺機能低下症、低身長症、知能障害、聾唖、痙性筋脱力と麻痺、およびこれまでに挙げたものよりは軽度の身体機能障害と知能障害を包含するものである。

特に生命予後の非常に欠かすことができない甲状腺ホルモンの不可欠な構成成分であるために、甲状腺ホルモンの産生が障害されることに由来する。
ヨード欠乏症は西欧諸国ではヨード添加塩の利用、食品の加工技術、流通の革新による食物へのヨードの添加含有量の増加によりおおむね消滅した。

また、日本においてはヨードが海産物の中に少量ずつ含まれており、海藻や魚を口にすることによって私たちの体内では知らず知らずのうちに必要なヨードが満たされている。しかし、山岳地帯のヨード不足地域に住む人々(特に開発途上国)は海産物もそれ以外もヨードを摂取する機会に恵まれていない。

1990年の世界保健機関(WHO)による推計によれば、開発途上国に住む約十億人もの人々がヨード欠乏症となる危険性にさらされており、そのうち少なくとも2000万人はヨード欠乏が原因で脳障害を被っている。

また、少なくとも2から3億人は甲状腺肥大症ないしは何らかのヨード欠乏症による障害をもち、また最低でも600万人のクレチン症が存在すると推定されている。

ヨード欠乏症が多発するのは、土壌ヨード含有量の低い内陸部高地(例:ネパールヒマラヤ、アンデス、ヨーロッパアルプス、中国の山岳地帯)や、洪水が多発して土地が痩せている地域(例"ガンジス河流域)などである。

1990年のニューヨーク国連本部で開催された小児世界サミットを初めとして、種々の国連機構のなかで「西暦2000年までにヨード欠乏症の根絶を」と遠大な目標が叫ばれてきたが、この目標が掲げられて久しいのも事実である。

この数年間でヨード欠乏症は大幅に減少されてきたと報告されているが、クレチン症新生児だけをとっても未だに毎年十万人が誕生していると推定されている。日本を含め世界中の各国政府が大きく関与したことは賞賛されたものの、未だにヨード欠乏症による死亡者数は莫大な数を示しており根絶には程遠い状況である。

ヨード欠乏症を是正するヨード添加塩ヨード欠乏について小児の成長や発達の改善の為にヨードを補充する治療は可能であり効果的である。しかし、前述の通りヨード欠乏症は周産期死亡や先天性疾患として表われることが最も大きな問題であり、脳機能が障害された場合にはそれを完全に治療することは難しい。

特に欠乏症にかかるリスクが高いのは乳幼児や成長期の学童児、妊婦、授乳期の母親などで、それらのヨード要求量は他に比較して多い。妊娠中に母体のヨード欠乏症が胎児に及ぼす影響も深刻であり、その場合は新生児がクレチン症にかかる確率が高くなる。

この場合のクレチン症には二つのタイプがあり、妊娠初期のヨウ素欠乏症では神経性クレチン症、後期の場合は甲状腺機能減退性クレチン症である。前者の方がより重症で聾唖や脳神経発育障害などがみられ、悲しいことに完全な形で治療することは不可能である。 一方、後者は生後の十分なヨード補給で症状は改善する。重症の問題を考えれば、ヨード欠乏症をコントロールする為に必要とされることは発症を未然に「予防」することしかない。

ヨ~ド欠乏症は世界の精神発達遅滞の最も大きな原因でありながらも、最も予防が可能な脳障害の最も一般的な原因として認識されている。コントロール活動にはWHO、UNICEFなどの国連機関のほか、ヨード欠乏症国際会議といった専門知識と技術を各国に提供する組織、日本・オーストラリアなどの政府、キワニスインターナショナルといったNGO(非政府組織)が技術的、経済的な国際協力活動を展開している。

これまでに実施されてきたヨード欠乏症対策プログラムは、ヨード添加塩の普及促進と経口ヨード油カプセルによる予防的治療がメインである。他にもヨード添加パンや飲料水へのヨード添加など様々な摂取手段が試みられているが、いずれも開発段階にあると言える。

ヨード添加塩は中でも多用されているが、その利点は社会的・経済的立場とは関係なく地域の全階層に利用され、調味料として年間を通じほぼ一定量が消費されることにある。

ヨード添加塩はたいてい少数のセンターで製造されており、このことは製塩を大規模かつ良好なコントロールの条件下の工程で行うことが可能であることを意味する。ヨード化合物を食塩と混合することは比較的容易なことであり、不都合な化学反応は伴わない。用いられている方法には乾燥混合方法、滴下方式そして噴霧方式などがある。

ヒト一人当たりのヨードの一日最小必要量は極微量であり100から150マイクログラムに過ぎない。ヨード添加塩の添加レベルはこの必要量に加えて、保存可能機関を含めての製造から消費の時点までのロスを十分に満たす量にならなければならない。またこのレベルはその地域での一人当たりの食塩消費量も考慮する必要がある。

以前には一般的であった一日10から15グラムの食塩の消費量は、高血圧になりやすいという理由で現在では過剰とされている。これらの要素を考慮し、一日当たり150マイクログラムのヨード補給に現在使用されているヨウ素酸塩のレベルは、食塩1kg当たり20から60ミリグラムである。

このヨード添加塩によるヨード補充方法は他のいずれの手段と比較しても費用効果も高く、普及活動も比較的容易である。
パキスタン北部山岳地帯における活動事例パキスタンでは全国民の70%が欠乏状態にあり、公衆衛生上大きな問題であることが1990年代になって始められた全国規模の調査によって判明した。

パキスタン政府のプログラムでは全ての塩をヨード化することを目標として民間企業までを巻き込んだ活動を行っている。政府はヨード欠乏症に関するセミナーを行うなど認知・情報提供に努め、より問題が深刻な北西辺境州(アフガニスタン国境付近)においては販売される塩のヨード化を法的に義務付けてきた。

また、パキスタンの製塩は約1000の小規模な企業が主体となっていることから、一つひとつの精製所に対してヨード化のための動機付け、技術的援助、ヨードを混ぜる為の機械購入のためのローン提供、市場開発などを行っている。市場開発の一環としてヨード添加塩を見分けるためのマークも作られ、パッケージ、広告、教育活動に使用された。

国民のヨード添加塩に対する需要を開発するためには、テレビのコマーシャルをはじめとして、テレビドラマ、NGO、宗教指導者を通しての教育、小学校での授業など様々な状況でヨード欠乏症に対する正しい知識、ヨード添加塩の使用を促すための活動が行われてきている。

確かに最近になってパギスタンのヨード欠乏症は著減の傾向を呈しているが、しかし国民の全てにヨード添加塩が行き渡っている訳ではない。前述の北西辺境州などは法的にもヨード化の整備が進められているのに対して、最も欠乏症状が顕著である北部地域の山岳地帯では国民健康調査も行われておらずほとんど対策が講じられていない。

筆者らは滋賀県に本部を構えるNGOの一つであるヒマラヤン・グリーンクラブにてヨード欠乏症撲滅の為のヨ~ド添加塩普及事業を含む保健医療を中心とした国際協力活動をこの北部山岳地帯において行ってきた。

この地域は無医地域で一つの集落のみ保健婦が駐在するのみであり、住民は保健医療サービスを満足に受けることができていない。ヨード欠乏症に対してはヨード添加塩の普及を図るとともに、現状分析・活動評価のために疫学的調査を1996年より実施してきた。

その結果、北部地域の人口の60%以上にヨード欠乏症が認められ、クレチン症に関しては人口の約10%にみられることが判明した。クレチン症が10%も認められる地域というのは世界中でもほとんどなく、特にひどくヨードが欠乏していることを意味する。

1998年に行った乳幼児・学童および妊婦というヨード欠乏が最も身体に影響するハイリスク人口に対する尿中ヨード濃度のパイロット調査(n=78)では、図一のように「重度」と判定された者が約八割も認められている。

また、ヨード添加塩はただ単純に箱型に供給する協力だけではいつまでたっても住民は自立することができず、効果も上がらない。持続的発展、抜本的解決の為に現在はヨード添加塩の製塩施設を当該地域に建設し、製塩から流通・消費までのプロセスを住民のみで賄えるようなエンパワーメントをも計画している。

さらに前述の通りヨードを補充する手段が塩である以上、過剰摂取に伴う高血圧などの副反応を防ぐために定期的なモニタリングも欠かさず行わなければならない。薬剤もヨード添加塩も「体にいい」と感じれば、開発途上国の僻地住民は情報を与えられない限り、「多量であればある程いい」と考えてしまう傾向がある。

技術的な問題としては、ヨウ素を表面に添加した岩塩を使用前に洗ってしまい、ヨード添加塩を用いても十分に摂取できていない場合もある。「どれだけの病気がヨード欠乏によって生じているのか」、「ヨードがなぜ必要なのか」、そして「どのように利用するのか」を普段の社会的情報量が極端に少ない山岳地域住民に認知してもらうことが大切である。

保健に対する関心を引き付けるヨード欠乏症対策プログラムは感染症対策や母子保健など他の保健介入手段の中でも投入金額に対する保健上の見返りも大きく、最初の介入手段(エントリーポイント)になり得る。

前述のヒマラヤン・グリーン・クラブは当該地域の社会開発とともにこのピックチャレンジとなる保健医療活動に挑戦している。
期待される日本の役割明らかに予防可能な病気を予防できず、救える命を救えないということは余りにも悲しい。

ヨード不足地域に住むきわめて多数の住民に対しては、全住民を対象とした食塩のヨード添加の利益は、大々的に知能障害を予防するという点で非常に有効である。この対策プログラムでは塩が国際協力の中心になるのである。

世界のヨードの主要供給国は米国、日本、チリである。今日、中国とインドネシアはヨードの供給を全て日本に依存している。そのためにヨード購入に乏しい外貨を必要とし、その経済コストは無視できない。今後も持続的発展・自立に向けて、日本と塩は大きな役割を果たすことが望まれている。